寄居町の百年食堂『今井屋』。
11:00から14:00までの営業時間中は、揚げたてのたれカツが2枚盛られたかつ丼や親子丼を頬張るお客さんで賑わい、厨房では三代目の富美子さんを中心に手際よく料理が作られる。
そんなお店でもうひとつ食べておきたい料理がカツライス。洋食をルーツとして誕生したこの食堂の最古参メニューだ。
「かつ丼にはもも肉を使ってますが、カツライスにはロース肉を使ってるんです」と、肉質の違いも楽しめる一品を注文した。
塊から切り出された肉の分厚さたるや!「日によってはこれよりも大きくなることもあるんです」と、気前の良さに驚くしかない。
かつ丼用のモモ肉と同様に叩いて柔らかくしたら、こちらには塩コショウで下味をつける。あとはバッター液を絡めてパン粉をまぶしたら、熱々のラードで揚げるだけ。
「ロース肉の脂身部分を研いたときに出た脂で作っている」というラードの力は偉大だ。かつ丼の衣にタレとは違ったほのかな甘さを感じたのは、カツライスがあってこそ。「お肉が重たいので鍋に沈んじゃうので注意して揚げてます」と、菜箸で挟んで持ち上げる姿には重量感が伝わってくる。
大皿の半分をドーンと占拠するロースカツ。箸越しに一切れの重さがズッシリと響いてくる。「ザクッ」と軽やかな音から溢れ出すのは、ラードの甘さとコクがロース肉のエキスと結びついたパワフルなおいしさ。肉の柔らかさと衣の食感の組み合わせが楽しく、口の中にカツを留まらせるほどに旨さで満たされていく。
もちろんソースをかけると酸味でおいしさが引き締まるが、「このあたりのお客さんは、醤油で食べる方も多いんですよ」とのこと。数滴落として頬張れば、カツの味をキリッと引き締める。タレかつ丼のタレも醤油がベースになっているが、今井屋のカツには確かに醤油がフィットする。
豚肉の良さがくっきりと浮かんだ味に受け継がれているのは、「カツのおいしさをしっかりと楽しんでほしい」という、かつ丼を生み出した二代目の育子さんが持つ思い。もちろん、ごはんの量もかつ丼と同じくたっぷり。分厚いカツと一緒に食べれば満腹のゴールに一直線だ。
■お弁当だからこそのかつ丼の味
ところで、この食堂はお昼の休憩時間を挟んで夕方に1時間だけ営業をしているという。
「この時間は事前に予約のあった持ち帰り用のお弁当を作る時間ですね」と、お店で食べるものと同じように、揚げたてのカツを熱々のタレに浸して染み込ませている。
「持ち帰り用のかつ丼は店頭販売するものではなく、あらかじめ注文してくださったお客さんが、夕方に取りに来ることが多いですね。池袋から寄居駅まで東武東上線を走らせる乗務員さんや車掌さんが、会社が支給する食券でお弁当を買ってくれたことも多かったんですよ。『パリパリのカツ丼もいいけど、ごはんにタレの味がしみた味がおいしいんだよ』って」
お店で食べるのと同じく350gほどのごはんが容器に入り、タレが注がれて2枚のカツが盛られる。同じ料理なのに「お店で食べるカツ丼は衣サクサク、お弁当で食べるものは衣が柔らかくなるけれど、ごはんにたっぷりタレをかけるので、その味でも食べられるんです」ということで、一折お願いして持ち帰ることに。
タレがしっかり吸った衣は一層タレ色に染まり、ごはんの底にもタレがたっぷり。冷めたカツは甘さよりも醤油の味がグッと前に出てくる。揚げたてアツアツのザクザク衣と甘じょっぱいタレの味とは装いが変わる。そして、歯に吸い付くかのように肉が馴染む、本当によく馴染む。
お弁当のタレごはんには、まるで煎餅を食べたかのような香りと濃厚な味が凝縮。元々、ここのごはんは「少しだけ固めにしっかりと粒が立つように」ガス釜で炊いたもの。それが持ち帰りになると、もっちり感を増したごはんの甘さでタレの輪郭がきゅっと引き締まる。
同じ料理なのに食べる形態が変われば違った味が楽しめる。この醍醐味がたまらない。だからこそ、やっぱり通いたくなるのだ。
※今井屋の紹介記事本編は、こちらからご覧ください。